エマニュエル・トッド(Emanuel Todd)著・第三次世界大戦はもう始まっている・文春新書を読んでみた②

 

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・1960年代のアメリカの危機は次のように要約できます。企業の利益率の低下、黒人の解放、教育による階層化、事実上の屈辱的敗北P127

 ・ソ連と言う一国が敗北し、アメリカ一国が勝利したのではなく、二国とも敗北したという見方です。つまりこの二国は互いに互いを破壊したというわけです。P129

 ・共和党民主党の二極化は、人種的な分離に根ざし、それを永続化させています。黒人の90%近くが民主党に投票し、民主党にとって当てにできる「傭兵」のような存在となっていますP150

 ・西洋社会は、みずからを「普遍的」だと思い込んでいますが、実は特定の家族構造に組み込まれているP157

 ・みずからを「最も先進的」とみなしている西洋社会は、家族構造の歴史をから見ると、実は「最も原始的」なのです。その個人主義的傾向は、双系敵な核家族構造に由来しているのですが、こうした核家族こそ「最も古く」、父権制が強く権威主義的社会を形づくってる共同体家族こそ「最も新しい」からです。P160

 ・ドイツと日本、とくにドイツは「西洋の国(核家族社会)であるふりをしてきたのだ」(中略)ドイツと日本が「西洋社会」に所属している(=西洋の国であるふりをしている)のは、人類学的な基盤によるのではなく、ともに第二次世界大戦で敗北してアメリカに”征服”されたことによります。(中略)人類学的に何らかの”無理”が生じているとも考えられるのです。P161-162

 ・ロシアと中国のシステムには、「多数派の権力(=民主主義)」はあります。しかし「少数派の尊重」ありません。ですから「権威的民主主義」として捉えるべきなのです。P164

 ・「自由民主主義」という呼称は、第二次世界大戦後から1975年頃までは、意味をもっていました。しかし「自由民主主義国」の代表とされるアメリカとイギリスの現在の姿を見れば、この呼称が空虚なものであることが分かります。これらの国では、不平等があまりに大きく広がっているからです。とくにアメリカでは、選挙プロセスに某大な資金が投入されています。「金権政治」が大々的に行われているのです。こんな国に、他国の「民主主義」を云々する資格などあるのでしょうか。教育による階層化と社会の分断も深刻です。(中略)これだけ分断が生じているアメリカやイギリスに「民主主義の守護者」を名乗る資格などないのです。個人的にはこれらの国を「リベラル寡頭制」と呼ぶべきだと考えます。P168ー169

  ③につづく